お客様導入事例:株式会社リコー

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複雑に絡み合う業務プロセスをいかに可視化し、変革につなげるか。株式会社リコーでは、DX推進の中核としてプロセスマイニングプラットフォーム「Celonis」を導入。MFP開発で培った“超複雑系”への挑戦を全社改革へと広げ、米国販売プロセスを対象に、わずか3カ月で複数の改善ユースケースと数億円規模の改善ポテンシャルを明らかにしました。本事例では、その取り組みの背景と成果をご紹介します。

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わずか3カ月間で、請求作成遅延や納期遅延といった具体的な課題を含む12の改善ユースケース・オポチュニティ案の発見につながった

データとCelonisバリューフレームワーク活用により、ビジネス部門との議論の出発点となる客観的なたたき台を提示し、分断された組織間の対話を促進するきっかけを作ることができた

従来のアプローチだけでは困難だったエンドツーエンドの業務プロセス可視化にOCPMが有効であることを実証するとともに、チームとしてその効果を実感できた

客観的なデータという”共通言語”が生まれたことで、将来的なチェンジマネジメントや、プロセス全体に責任を持つプロセスオーナーの醸成に向けた重要な土台を築いた

「見えない巨大プロセス」にデータで挑む - リコーがCelonisと踏み出した、データ駆動型経営への第一歩

「複雑系を解くことに歓びを感じる」——そう語るのは、リコーでDX推進に取り組む田中諭氏だ。複合機(MFP)開発の最前線で”超複雑系システム”と向き合ってきた経験が、全社の業務プロセス改革へと突き動かした。ただ、そこには、組織や国境をまたぎ、複雑に絡み合う業務プロセスの実態を誰も正確に把握しきれていないという大きな壁が立ちはだかっていた。

こうしたなか、リコーはプロセスマイニングプラットフォーム「Celonis」を導入。米国の販売プロセスを対象としたプロジェクトは、ビジネス部門を巻き込めないという逆境から始まった。しかし、DX推進チームは、Celonisのバリューフレームワークを駆使し、データから客観的な価値の可能性を提示。わずか3カ月で12もの改善ユースケースと数億円規模の改善ポテンシャルを特定した。

導入の背景:全社DXが直面した「見えない巨大プロセス」という壁

1936年に創業し、1977年には世界で初めて「オフィス・オートメーション」を提唱したリコー。「機械にできることは機械に任せ、人はより創造的で人にしかできない仕事に注力する」という哲学は、約90年を経た今もなお受け継がれている。

こうした信念のもと、リコーは、2017年からDX推進を本格化。RPAやAIを活用したボトムアップの業務プロセス改革からスタートした。やがて、より大きな効果を求めてエンドツーエンドの業務プロセス改善としてリコー流BPMとなる組織横断的な「プロセスDX」へと活動を進化させ、2024年にはプロセス改革、IT、データガバナンスの機能を統合した「プロセス・IT・データ統括組織」を発足。全社を挙げて、データに基づいた業務改革へと舵を切った。

この変革をリードする田中氏は、キャリアの原点であるMFPの組込み開発と業務プロセス改革の共通点を次のように語る。

「MFPは、光学読み取り、デジタル画像処理、高速データ転送、ミクロン単位のトナー制御といった複数のプロセスが連動した、まさに”超複雑系システム”です。

これを長年の知恵と工夫、いわば人力のすり合わせ開発で作り上げてきました。

自身もその環境にどっぷりとつかっていた経験から、複雑なものを解き明かすことに自然とやりがいを感じるようになっていたところ、2024年のCelonis年次イベントで、複数プロセスを横断的に分析するOCPM(Object-Centric Process Mining)という考え方に出会ったとき、『これはやりがいがありそうだ』と直感しました」(田中氏)

その複雑系を解き明かしたいという思いを実践に移す、格好の対象がリコー社内に存在した。リコーの基幹事業であり、社内でも最長・最大級のプロセスを持つオフィスプリンティング事業だ。同事業の業務は、その複雑さゆえに長年課題を抱えており、特にサプライチェーンや請求周りのプロセスは複数の部署・責務をまたぎブラックボックス化していた。その”見えていない”状況を、DX推進チームで先進事例の社内実践を担う新井陽子氏は、こう振り返る。

「オフィスプリンティング事業のプロセスは、多くの人の協力と時間をかけて実行されてきた非常に長く、複雑なものでした。1年ほど前からそれを解き明かすべくビジネスプロセスマップを描いてきましたが、それはあくまで”設計されたプロセス”を描くにとどまり、実態とはまだまだ乖離がありました。販売、サプライチェーン、運用保守といったプロセスが複雑に絡み合い、このままでは本質的な改善は望めません。そこで複数のプロセスを、データという事実から横断して可視化できるOCPMが必要だと考えたのです」(新井氏)

ソリューション:対話の道具としてのデータ活用と、壁を越えたCelonisの伴走

2025年2月、リコーは米国オフィスプリンティング事業のOrder to Cashプロセスを対象としたOCPMプロジェクトを開始。DX推進チーム4名で、キャッシュコンバージョンサイクルの改善を目指した。

新井氏は、当初ビジネス部門の巻き込みを計画していた。「プロセスマイニング成功の3つのP」であるPurpose(目的)、People(人材)、Process(プロセス)を揃えるため、エンドツーエンドのプロセスオーナーへのアプローチを試みたのだ。しかし、現実は理想どおりにはいかなかった。

「ビジネストップの理解は取り付けたものの、現場である米国法人との信頼関係構築には至ることができませんでした。物理的な距離や言語、商習慣の違いもあり、ビジネス部門のアサインメントまでとりつけられなかったのです。そんな状況ゆえ、ビジネス部門で日々行っている改善活動を我々が理解し、成功のイメージを共有するには、時間が足りませんでした」と新井氏は振り返る。

そこで新井氏は方針転換を決断する。「データはあるのだから、まずは我々がデータに基づいた客観的な『たたき台』を用意し、それをもって対話のテーブルについてもらおう」——この判断が、プロジェクトの転換点となった。

この議論のたたき台づくりの鍵となったのが、価値の特定から刈り取りに至るまでの方法論「Celonisバリューフレームワーク」だった。

「以前から別のツールでプロセスマイニングに取り組んでいましたが、探索的になりがちで、定量的な成果に結びつけるのが難しかった。Celonisのバリューフレームワークは、『価値をどう算出するか』という型があり、『こうすればいいんだ』と道筋が見えたのが大きな違いでした」(新井氏)

しかし、そのフレームワークを活用するうえでも、次なる壁が立ちはだかった。

「データ定義書に抜け漏れがあるなどの課題がありましたが、社内が縦割り組織であるため、その確認作業も容易ではありませんでした。そこを乗り越えられたのは、Celonis担当者の方々の協力も大きかったです。項目名からデータの内容を推測していただくといったサポートも受けながら、フレームワークをもとにIT部門へ1つひとつ確認することで、なんとか前進できたのです」(新井氏)

導入効果:12の改善ユースケースと数億円の価値という、データが照らした事実

データとの対話から始まったプロジェクトは、わずか3カ月で目に見える成果を上げる。結果分析を担当した櫻井陽一氏は、「驚いたことに、12個もの改善ユースケースを見出すことができました。そして、どこから手をつけるべきかという優先順位も、価値の大きさと実現までの期間という2軸で明確に示すことができました」と評価する。

12のユースケースのなかでも、特に大きなインパクトを示したのが、「請求作成遅延による実質的な支払条件長期化の是正」だった。

「OCPMの分析画面では、請求日から請求書作成までに平均77.4日かかっており、実に23%が30日以上を要しているという事実が数字で示されました。ここがボトルネックであることは、一目瞭然です。この改善によるポテンシャルが数億円規模になる、と金額で示せたことは非常に大きかったです。事実を数字で語り、価値を金額で示す。バリューフレームワークをもとにした分析は、ビジネスサイドを動かす強力な説得力になると確信しました。さらに、そこから仮説を立て、意思決定とアクションの推奨事項を生成するAnnotation Builder機能を用い、改善のイメージも示すことができました」(櫻井氏)

また、「納期遵守率向上」に関する分析では、OCPMならではの真価が発揮された。受注プロセスと出荷プロセスを横断して分析した結果、ピッキング後に販売伝票が変更されたケースが納期遅延の一因となっていることを特定。これは単一のプロセスを見ているだけでは決して得られないインサイトだった。

櫻井氏は、従来のケースセントリックなプロセスマイニングとの違いをこう総括する。

「ケースセントリックでは、どうしても1つのシステムに閉じた分析になりがちで、試行錯誤はするものの、ビジネス成果に結びつけるのが難しかった。しかしOCPMは、エンドツーエンドのプロセスを網羅的に捉えられる範囲の広さと、価値創出に直結するフレームワークが揃っている。これが決定的な違いだと感じました」(櫻井氏)

今後の展開:データ駆動型経営によるビジネス貢献というゴールに向けた挑戦

今回の取り組みは、リコーが目指す「プロセス・IT・データ三位一体」のオペレーショナルエクセレンスに向けた大きな気づきをもたらした。櫻井氏は、今後の可能性についてこう語る。

「なぜ今までプロセスオーナーを設定できなかったか。それは、グローバルにまたがる複雑なプロセスが”見えていなかった”からです。OCPMによりプロセス全体が手のひらに乗るように可視化されれば、データを見ながら改善をリードするプロセスオーナーという役割が、将来的に機能するようになるのではないか、という感触を得ました」(櫻井氏)

しかし、それは決して平坦な道のりではないと、田中氏は現実的な視点を加える。

「サイロ化された組織のなかで、いきなり『あなたが全体のプロセスオーナーです』と任命しても機能しません。まずはCelonisのようなソリューションで事実(データ)と価値をひとつひとつ示し、少しずつ組織の意識を変えていく。結果として、その役割を担うプロセスオーナーが生まれてくるという順番なのだろうと考えています」(田中氏)

こうしたビジネス部門へのアプローチと並行して、チームは具体的な次の一手も進めている。基幹システムなど、業務活動をデータとして記録するためのシステムにはオフィシャルなプロセスが存在する一方、その外側にあるスプレッドシートや電子メールなどでの手作業はプロセスとして管理されておらず、業務分断のボトルネックとなり、非効率を生んでいた。

そこでリコーでは2021年に買収したBPMS「Axon Ivy」を活用し、これらの手作業をひとつひとつ公式なプロセスとして構築する社内実践を強力に推し進めている。

これにより初めて、真の意味でのエンドツーエンドの業務データが生まれるのだ。

そして、その統合されたデータをCelonisで分析・可視化することで、業務プロセスのデジタルツイン構築という最終ゴールへとつながっていく。

「まだ改善機会のイメージが出せた段階、いわば芽が出たばかり。これから大事に育てていきたい」と語る櫻井氏の言葉からわかるように、リコーの挑戦は、まだ始まったばかり。こうした実践の積み重ねが、同社が目指すデータ駆動型経営による企業成長の実現へとつながっていくのだ。