導入の背景:全社DXが直面した「見えない巨大プロセス」という壁
1936年に創業し、1977年には世界で初めて「オフィス・オートメーション」を提唱したリコー。「機械にできることは機械に任せ、人はより創造的で人にしかできない仕事に注力する」という哲学は、約90年を経た今もなお受け継がれている。
こうした信念のもと、リコーは、2017年からDX推進を本格化。RPAやAIを活用したボトムアップの業務プロセス改革からスタートした。やがて、より大きな効果を求めてエンドツーエンドの業務プロセス改善としてリコー流BPMとなる組織横断的な「プロセスDX」へと活動を進化させ、2024年にはプロセス改革、IT、データガバナンスの機能を統合した「プロセス・IT・データ統括組織」を発足。全社を挙げて、データに基づいた業務改革へと舵を切った。
この変革をリードする田中氏は、キャリアの原点であるMFPの組込み開発と業務プロセス改革の共通点を次のように語る。
「MFPは、光学読み取り、デジタル画像処理、高速データ転送、ミクロン単位のトナー制御といった複数のプロセスが連動した、まさに”超複雑系システム”です。
これを長年の知恵と工夫、いわば人力のすり合わせ開発で作り上げてきました。
自身もその環境にどっぷりとつかっていた経験から、複雑なものを解き明かすことに自然とやりがいを感じるようになっていたところ、2024年のCelonis年次イベントで、複数プロセスを横断的に分析するOCPM(Object-Centric Process Mining)という考え方に出会ったとき、『これはやりがいがありそうだ』と直感しました」(田中氏)
その複雑系を解き明かしたいという思いを実践に移す、格好の対象がリコー社内に存在した。リコーの基幹事業であり、社内でも最長・最大級のプロセスを持つオフィスプリンティング事業だ。同事業の業務は、その複雑さゆえに長年課題を抱えており、特にサプライチェーンや請求周りのプロセスは複数の部署・責務をまたぎブラックボックス化していた。その”見えていない”状況を、DX推進チームで先進事例の社内実践を担う新井陽子氏は、こう振り返る。
「オフィスプリンティング事業のプロセスは、多くの人の協力と時間をかけて実行されてきた非常に長く、複雑なものでした。1年ほど前からそれを解き明かすべくビジネスプロセスマップを描いてきましたが、それはあくまで”設計されたプロセス”を描くにとどまり、実態とはまだまだ乖離がありました。販売、サプライチェーン、運用保守といったプロセスが複雑に絡み合い、このままでは本質的な改善は望めません。そこで複数のプロセスを、データという事実から横断して可視化できるOCPMが必要だと考えたのです」(新井氏)